今日は国公立前期試験があったようだ。
俺もちょうど一年前試験を受けた。
出来栄えは、「受かったかわからないけど、後悔はない」という感じ。
そして、合格発表。
家には一人で、パソコンを起動して待っていた。
同時に緊張を紛らすために掲示板で同じ大学を受けた人ともやりとりをしていた。
ついに時間がきた。
大学のシステムはどこの大学でもクソなようで、一気にアクセスが集中すると、忽ち見れなくなってしまう。
ページを開いても、番号が出てこなかったりした。
しかし、何度かチャレンジするとだんだん見えてきた。
自分の番号を探した。
なかった。
一度深呼吸をして、もう一度探した。
やっぱりないわけだ。
今日書きたいのはその時の絶望について。
あのときは本当に消えてしまいたいと思ったし、呆然としていた。
それもそのはずで、俺は勉強のことではとりあえず、挫折したことがなかった。
別にいつも一番だったってわけじゃなくて、狙った獲物を逃さないというか、必ず自分の頑張りは点数になってた。
あの時の気持ちは経験したことがなかったし、未だにあれ以上は経験してない。
彼女に振られても、自分のミスで試合に負けても、そりゃ悲しいし自分を恨むけど、何日かしたら忘れるし次頑張ろうと思えた。
それで思ったんだが、こういう経験って本当に役立つのかってこと。
社会人は若いうちは買ってでも失敗をしろっていう。
本当にそうなんだろうか。
若いうちにする失敗と、大人になってからの失敗は違うのだろうか。
勿論、失敗してしまった以上はそこから学ばなくては勿体ない。
特にこういう絶望を味わうことは何の意味があるのだろうか。
本当に人間として大きくなれるのだろうか。