2011年10月24日月曜日

多重人格

多重人格って聞くと、あまり良いイメージを持たない。
しかし、今の日本社会における、SNSサイトを生き抜くにはこのスキルは必須だと思う。

意識高い系っていう風に揶揄されるが、そのような人種の最大の悩みは、まじめな投稿をすると、馬鹿にされるとは言わないが、変人扱いされてしまうということだ。

普段、彼らも友人と馬鹿なことをやったりするわけだが、社会問題や将来について真剣に考えることもある。自分の意見を表出する場として、SNSサイトを利用することもあるが、その場には、いつものば馬鹿やる仲間がいる。別に仲間を嫌ってるわけではないが、どこかやりにくいらしい。

そこで、解決策として、いくつもサイトに登録したり、アカウントを複数個持って、使い分けしているらしい。

それでも、ユーザーの検索はアドレスを知っていれば容易なわけで、どうしても、”バレテしまう”。結局彼らはこそこそと生きるしかないのだ。バレテしまうと、現実で生きにくいからだ。つまり、ネットの自分と現実の自分が乖離する。

注意したいのは、真剣に考えているから偉いとか、なんも考えていないから愚かっていうことではなくて、”揶揄”という行動、現象が問題だということだ。

日本人の学生は政治に関心はないのかと留学生は指摘されるが、関心がないというより、意見や考えを言いにくい環境があるのだろう。

2011年10月22日土曜日

視点

日本は閉鎖的だとか、消極的だという批判をよく聞く。
頭のいい人や、経験が豊富な人って、問題点を見つけだし、批判するのが上手い。
別に批判が悪いわけではない。ただ、もう少し良いところを挙げてほしい。
カダフィー大佐が殺された。僕は、アラブの情勢に詳しくないのだが、彼は本当に殺害に値する人物だったのか。(仮に値しても、輸送中に命令を無視した一部の兵が殺害するのは国際法的にも、道徳的にも許されたものではない)
文化帝国主義という言葉が有るが、僕らはアメリカの見方で世界を見ていないだろうか。
視点がアメリカナイズされていないだろうか。
その証拠に、いつも日本を批判するときのようにアメリカを批判してみたらどうだろうか。
案外、アメリカの悪いところは知らないものだ。
日本はアメリカに比べたら医療が充実しているし、アメリカは平気で他人の写真を合成しちゃうし。
日本とアメリカ、どちらが優れているかということでじゃない。
要は、アメリカだけが正義じゃないということだ。