最近自分に起こったことから二つの世間について考察してみる。
ひとつめ
この春休み中に帰省した。
ずっと地元に残っている人くらいしか遊べなかったわけだが
彼らから面白い話を聞いた。
よくある恋バナなのだが、地元の人たちは、中学生のころから世間が変わっていないらしいことを知った。
つまり、「元彼が~」という話に出てくる人が、全て地元の人で構成されていて、そのどれも僕が中学や高校で聞いたことがある人たちだった。
勿論、僕が知らない人も出てくるわけだけど、その人たちを僕が知っているかのように話を進める。
つまり世間が狭いということ。
もしかしたら、この言葉はマイナスの意味合いがあるのかもしれない。
しかし、実際はそれだけ関係が密だということ。
大学生になって、地元から出てきた俺にとっては、そのような関係があまり想像できなかったのだが、
こうして考えてみると「あなたにとって大切な人ほどすぐそばにいる」のかもしれないな。
いや、別にロマンチックな話じゃなくて、
狭い世間の中でも幸せに暮らしてるんだなあみたいな。
やっとばあちゃんたちの「隣の山口さんのところの息子さんは今年から大学生ですって」っていう世間話が分かった気がする。
それは、彼ら彼女らの中での共通の話題だったんだな。
ふたつめ
僕は世間を広げようと色々なところに出ていくんだけど、
その日は色々な大学から人が集まるやつだった。
すると、僕と話す初対面の人は、まず僕の名札を見る。
その時に彼らが見ているのは僕の名前ではなく
大学名だということに気が付いた。
大学名を見ることで、彼らは僕の何かを知ったらしい。
中には、大学名を見てうなずいていく人も居た。
大学名で知れるのはとりあえず、テストがどれほど出来るのかくらい。
しかし、僕はこの大学の名前を背負っていかなくてはいけないらしい。
就活の際も、大学名が聞かれることもあるらしい。
そのときは、それを聞いて僕個人の能力をはかる目安にするというより、
僕の属する世間を見ているらしい。
つまり、優秀な大学だったら、その友達も優秀なはずで中には官僚になっているものも多くいるだろうから、将来的に貢献してくれそうだ。
、みたいな感じ。
ひとつめは世間なんか気にしなくても幸せに生きていけるよっていう話。
ふたつめは世間は今後もあなたから離れないよっていう話。
世間ってなんなんですかね。
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